2009年3月31日火曜日

3/31 Today JPモルガンが死ぬ(1913)

ジョン・モルガン - Wikipedia: "ジョン・ピアポント・モルガン(John Pierpont Morgan, 1837年4月17日 - 1913年3月31日)は、アメリカの5大財閥の1つモルガン財閥の創始者。投資家、銀行家、社会奉仕家でありそして金融業と産業界を合併し支配する傍ら芸術品収集に励んだコレクターでもあった。20世紀初頭、モルガンが絶頂期の頃、彼とビジネスパートナー達は多くの大企業に財政投資を行なった。1901年までに、彼は世界で最も裕福な人物の1人になっていた。"
面構えがすごい。

でも、
生来、鼻が奇形で、肖像写真では、鼻を修正したものしか使用を認めなかった。

とのこと。

お金持ちでもコンプレックスがあったのだ。

山中湖関連は別のブログとします

山中湖関連のエントリーは新しく「Letter from Yamanakako」という単独のブログといたします。過去の山中湖カテゴリーの記事も新しいブログに入れておきました。

やり方は:
  1. ダッシュボード「設定」画面から一旦古いブログを全部エクスポートします。
  2. 新規ブログを作成し、内容はエクスポートしたファイルから全部インポートします(この段階では公開されてません)。
  3. ブログ管理画面でインポートした全項目が表示されますので、該当のカテゴリーだけを選択し、公開します(表示されている一覧ページの部分しか一度に公開できないので複数ページにまたがるときは注意)。
  4. 残りの部分は「インポート済」と表示されたまま残るので、全部選択し(これは複数ページにまたがっていても全部選択できます)削除します。おわり。

ひとつひとつ項目を選んで公開してもいいですが、上記のやり方でやれば簡単です。

2009年3月29日日曜日

3/29 Today 八百屋お七が火炙りに(1683)

八百屋お七 - Wikipedia: "八百屋お七(やおやおしち、寛文8年(1668年)? - 天和3年3月29日(1683年4月25日))は、江戸時代前期、江戸本郷の八百屋太郎兵衛の娘。お七は天和2年12月28日(西暦1663年1月25日)の大火(天和の大火)で檀那寺に避難した際、そこの寺小姓生田庄之助と恋仲となった。翌年、彼女は恋慕の余り、その寺小姓との再会を願って放火未遂を起した罪で捕らえられて鈴ヶ森刑場で火刑に処された。"


その時彼女はまだ16歳(当時は数え年が使われており、現代で通常使われている満年齢だと14歳)になったばかりであったため町奉行・甲斐庄正親は哀れみ、何とか命を助けようとした。当時、15歳以下の者は罪一等を減じられて死刑にはならないと言う規定が存在したため、甲斐はこれを適用しようとしたのである。厳格な戸籍制度が完備されていない当時は、役所が行う町人に対する年齢の確認は本人の申告で十分であった。 甲斐は評定の場において「お七、お前の歳は十五であろう」と謎を掛けた。それに対し彼女は正直に16歳であると答えた。甲斐は彼女が自分の意図を理解出来てないのではと考え、「いや、十五にちがいなかろう」と重ねて問いただした。ところが彼女は再度正直に年齢を述べ、かつ証拠としてお宮参りの記録を提出することまでした。これではもはや甲斐は定法どおりの判決を下さざるを得なかった。

なんとも痛ましい。

2009年3月28日土曜日

アトリが来た!

今日は昼からアトリ、コゲラ、アカゲラ、ヒヨドリ、シジュウカラ、ヤマガラと賑やか。アトリはつがい。はじめて見た。

写真を撮ったがケーブルを忘れてきたのでアップできず。

鳥によって餌の食い方が違う。アトリは餌が置いてある手摺りに座り込んで(腹を地面に着けるようにして)その場でヒマワリの実を黙々と食い続ける。いつもは常駐しているヤマガラ、シジュウカラはヒマワリの実をくわえて別の安全なところに移動してから食うのだがアトリが二三羽そこに座り込んでいるので遠慮してか近づかない。アトリはエサを全部食い尽くすまで居座るつもりらしい。新米なのに態度がでかい。

3/28 Today シャガールが死ぬ(1985)

マルク・シャガール - Wikipedia: "マルク・シャガール(Marc Chagall, イディッシュ語: מאַרק שאַגאַל‎‎, 1887年7月7日 - 1985年3月28日)は、20世紀のロシア(現ベラルーシ)出身のフランスの画家。"


合掌。

ここでシャガールの絵をたのしめます:

Famous Artists Gallery: Marc Chagall

2009年3月27日金曜日

3/27 Today 広瀬中佐の戦死(1904)

広瀬武夫 - Wikipedia: "広瀬 武夫(ひろせ たけお、慶応4年5月27日(1868年7月16日) - 明治37年(1904年)3月27日)は、明治の大日本帝国海軍軍人である。日露戦争でのエピソード(後述)で知られており、特に戦前は「軍神」として神格化された。"
「杉野はどこだ!」と船の中を探し回りましたが見つけられませんでした。


小学校唱歌にもなった:

轟く砲音(つつおと)、飛来る弾丸(だんがん)。
荒波洗ふ デッキの上に、
闇を貫く 中佐の叫び。
「杉野は何処(いずこ)、杉野は居ずや」。

船内隈なく 尋ぬる三度(みたび)、
呼べど答へず、さがせど見へず、
船は次第に 波間に沈み、
敵弾いよいよあたりに繁し。

今はとボートに 移れる中佐、
飛来る弾丸(たま)に 忽ち失せて、
旅順港外 恨みぞ深き、
軍神廣瀬と その名残れど

2009年3月26日木曜日

石破農水大臣には頑張って貰わないといけない、でも「下の責任」も追及しないと片手落ち

石破農水相は今回の農水省のヤミ専従問題について「下だけの問題ではなくトップの問題でもある」と。確かにその通りだが……
農水省:ヤミ専従隠しでうそ、秘書課長を更迭 石破農相、体質批判 - 毎日jp(毎日新聞): "農林水産省秘書課の虚偽説明について、石破茂農相は26日、毎日新聞の取材に対し「(都合の悪い事実を)『なかったことにしよう』という体質がまだ残っている」と批判した。その上で「私自身が(調査に)関与し、実態を徹底的に明らかにする」と述べた。【工藤昭久】"
しかし腐っているのは頭(農水省上層部)ばかりじゃない。下の方の尻尾まですべて体質的に腐っているのである。「下部構造」から直して貰わないと、ケツを拭かされるのは都市勤労者(消費者)。

ところでNHKのこの番組;
NHK 番組表: "2003年に起きたアブグレイブ刑務所事件。イラク人収容者に対する虐待写真は世界を驚かせた。09年1月、刑務所の責任者だった元准将が、虐待を起こした部下との対話を求めて旅に出た。「腐ったリンゴ」と呼ばれた7人は軍法会議に送られて全員が有罪となったが、軍の上層部は誰一人罪に問われなかった。上官として今も責任を感じているという准将が部下たちを訪ねる旅に同行、彼らの対話を通じて、虐待事件の闇を見つめる。"

アメリカでは尻尾を切り捨てることでことを終わらせようという卑劣なトップが多い。ところがニッポンでは全く逆でトップだけが責任をとって一件落着と言うことが多い。農水問題はまさにそう。大臣が何人替わった? 下の方は例によって例の如く今まで通り。責任はあいつら全員にあるのに。国民はかなわんわ。

トカゲの尻尾切り(いや「頭切り」)で終わらせてはいけない。あの分野では「頭」は「尻尾」のためだけに動いているのである。尻尾を広く根絶しなければニッポンの将来はない。

3/26 Today 安重根の処刑(1910)

安重根 - Wikipedia: "安重根(アン・ジュングン、1879年9月2日 - 1910年3月26日)は朝鮮の民族主義運動家。両班の家庭に生まれた。伊藤博文の暗殺者として有名。キリスト教徒であり、洗礼名はトマス。日本語読みは「あん じゅうこん」。安重根への評価は日本の植民地支配及び彼の闘争行為を肯定するか否かで分かれる。"
ところと立場が違うと評価が違う。

両班の生まれで文人・教養人であったが、暗殺はよくない。すぐ激高するのは朝鮮半島(及びその南の島々)の人たちの悪いところ。

2009年3月25日水曜日

3/25 Today 蓮如死す(1499)

蓮如 - Wikipedia: "蓮如[1](れんにょ)は、室町時代の浄土真宗の僧。本願寺第八世。本願寺中興の祖。同宗旨[3]では、「蓮如上人」と尊称される。明治15年(1882年)に、明治天皇より「慧燈大師」の諡号を追贈されている。しばしば本願寺蓮如と呼ばれる。親鸞の直系とはいえ蓮如が生まれた時の本願寺は、他宗や浄土真宗他派、特に佛光寺派の興隆に対し、衰退の極みにあった。その本願寺を中興し、現在の本願寺教団(本願寺派・大谷派)の礎を築いた。応永22年2月25日 - 明応8年3月25日"

蓮如の布教は、教義を消息(手紙)の形で分かりやすく説いた『御文』(『御文章』)[4]を中心に行なわれた。のちに蓮如の孫、円如がこれを収集して五帖80通(『五帖御文』)にまとめた。

とにかく、教えを分かりやすい文章にしたことはエライ。お経は誰もが分からないので所詮「お経」だ。

2009年3月24日火曜日

3/24 Today ジュール・ヴェルヌが死ぬ(1905)

ジュール・ヴェルヌ - Wikipedia: "ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne, 1828年2月8日 - 1905年3月24日)は、小説家・SF作家・政治家。H・G・ウェルズとともにSFの開祖として知られ、SFの父とも呼ばれる。"

ところで『80日間世界一周』だが、ヨットでそれを実現した人がいる。



NHKアーカイブス 保存番組検索: ジュール・ヴェルヌ杯 世界一周無寄港ヨットレースの記録~1994テレビ・ニュージーランド制作~: "80日間世界一周を風と人力だけで実現しようと設けられたヨットレース。冒険小説「80日間世界一周」の作者の名前をとって「ジュール ・ヴェルヌ杯」としたこのレースの第1回は93年、フランス船とニュー ジーランドのエンザ号の2隻で記録を競った。しかしエンザ号は途中 漂流物に激突し大破、レースを断念した。翌94年、新造のエンザ号 は第2回のレースに再び挑戦、74日22時間17分22秒で優勝した。 各大陸の岬を通過、無寄港、無アシストの全記録を伝える。"

すごいな〜というところが、上には上がいる。しかも女性:
Yahoo!オークション - 洋書★エレン・マッカーサー写真集★ヨット単独世界一周最速記録: "本書は英国の国民的英雄、エレン・マッカーサーが2005年に打ち立てた単独無寄港世界一周の最速記録(71日14時間18分33秒)の模様を収録した写真集です。

27歳の若き女性で、しかも向こう100年は破られることは無いであろうと言われていた既存の記録を破ったことは、世界的なニュースにもなりました。
なかなかピンときませんが、とにかくこれはドえらい記録です。

エリザベス女王から大英帝国勲章第二位(いわゆるナイトの称号)を授与され、ローレウス世界スポーツ賞の年間最優秀活動選手賞を受賞したことからも評価の高さが窺い知れます。"

2009年3月23日月曜日

NHKの成田空港貨物機炎上事故の報道をみて

朝からこのニュースばっかり:
NHKニュース 貨物機炎上 事故原因究明へ: "23日朝、成田空港で、中国の広州からの貨物機が着陸に失敗して炎上し、乗っていたアメリカ人の機長と副操縦士が死亡した事故で、国の運輸安全委員会や警察が現場検証を続けています。"
なんで「中国・中国」とばかり言い続けるのだろうね。

夕方のニュースになって、ようやく「中国」とは言わなくなった。当たり前だよね。アメリカの会社の飛行機がたまたま中国から飛んできただけの話。でも、NHKは「中国」からやって来た飛行機が大事故を起こしたという点のみを強調して、あたかも中国のせいだと言わんがごときの報道ぶり。とても被害者意識が強い。これってNHKの体質を如実に物語っている些末な(でも大きな)ディテール。

本当の問題は、たかがこんな事故のために日本発着の国際線がほとんど機能しなくなってしまったと言うこと。今日だけで40便のキャンセル。明日も続くという。

成田では「農民一坪地主」がエゴイズムを主張して頑張っているから空港の拡張は出来ない。だからこんなことになってしまう。羽田に大幅に国際便を移せばいいのだが、これには千葉県知事が反対してどうにもならない。

ニッポンでは既得権集団があまりにも暴れすぎ。

3/23 Today ハイエクが死んだ日(1992)

フリードリヒ・ハイエク - Wikipedia: "フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク(Friedrich August von Hayek 1899年5月8日 - 1992年3月23日)は、オーストリア生まれの経済学者、哲学者。オーストリア学派の代表的学者の一人であり、経済学、政治哲学、法哲学、さらに心理学にまで渡る多岐な業績を残した。20世紀を代表するリバタリアニズム思想家。ノーベル経済学賞受賞。"


1944年に発表した「隷属への道」(The Road to Serfdom)では社会主義、共産主義、ファシズム、ナチズムが同根の集産主義であると批判し当時のベストセラーとなる。

戦前、近衛文麿も同じようなことを言った。ウヨもサヨも同じようにアホだと。最近、これ以外にも「思いこみ」が強い連中が増えた。

2009年3月22日日曜日

3/22 Today 大磯の旧吉田茂邸炎上(2009)

asahi.com(朝日新聞社):旧吉田茂邸を全焼 不審火の可能性も 神奈川・大磯 - 社会: "22日午前6時ごろ、神奈川県大磯町西小磯の旧吉田茂邸で、男性警備員から「建物内部から炎と煙が見える」という内容の通報が消防にあった。大磯町消防本部などによると、同邸宅約1千平方メートルを全焼した。けが人はいない。現場には人気がないことから、大磯署は不審火の可能性もあると見て調べている。"

もったいないこと。

一度行ったことがあるが、木造日本家屋の二階に総ヒノキの西洋式バスタブが設置されていた。普通のバスタブは曲線を使って作られるのに、ヒノキだからすべて直線のデザイン。なんか棺桶みたいで妙だったが、あれも燃えてしまったんだろう。

2009年3月21日土曜日

3/21 Today 空海入滅(835)……景気対策は空海に学べ!

空海 - Wikipedia: "承和2年(835年)、3月15日、高野山で弟子達に遺告を与え、3月21日に入滅した。享年62(満60歳没)。"

短時間のうちに膨大な仕事を成し遂げた。とにかくやることが早い人だった。


例えば中国に行ったとき:
空海の乗った船は、途中で嵐にあい大きく航路を逸れて貞元20年(延暦23年、804年)8月10日、福州長渓県赤岸鎮に漂着。海賊の嫌疑をかけられ、疑いが晴れるまで約50日間待機させられる。このとき遣唐大使に代わり、空海が福州の長官へ嘆願書を代筆している。同年11月3日に長安入りを許され、12月23日に長安に入った。

永貞元年(延暦24年、805年)2月、西明寺に入り滞在し、空海の長安での住居となった。

長安で空海が師事したのは、まず醴泉寺の印度僧般若三蔵。密教を学ぶために必須の梵語に磨きをかけたものと考えられている。空海はこの般若三蔵から梵語の経本や新訳経典を与えられている。

5月になると空海は、密教の第七祖である唐長安青龍寺の恵果和尚を訪ね、以降約半年にわたって師事することになる。6月13日に大悲胎蔵の学法灌頂、7月に金剛界の灌頂を受ける。

8月10日には伝法阿闍梨位の灌頂を受け、「この世の一切を遍く照らす最上の者」を意味する遍照金剛(へんじょうこんごう)の灌頂名を与えられた。

8月中旬以降になると、大勢の人たちが関わって曼荼羅や密教法具の製作、経典の書写が行われた。また恵果和尚からは阿闍梨付嘱物を授けられた。伝法の印信である。

同年12月15日、恵果和尚が60歳で入滅。元和元年(延暦25年、806年)1月17日、空海は全弟子を代表して和尚を顕彰する碑文を起草した。

そして、3月に長安を出発し、4月には越州に到り4か月滞在した。ここでも土木技術や薬学をはじめ多分野を学び、経典等を収集した。8月に明州を出航して、帰国の途についた。

空海は、20年の留学期間を2年で切り上げ帰国したため、当時の規定ではそれは闕期の罪にあたるとされた。

日本から貰ってきた20年間分の留学費用を一挙に2年で有効に使ったということではないか。何事も小出しにしていては成果が得られない。大恐慌に当たっての経済政策も同じ。一番貴重な時間という資源を無駄に費消してはならないのである。

2009年3月20日金曜日

3/20 Today いかりや長介が死ぬ(2004)

いかりや長介 - Wikipedia: "2003年5月末、原発不明頚部リンパ節がんで入院。2004年3月15日、がんの転移が判明し東京都 港区の東京慈恵会医科大学附属病院に再入院した。2004年3月20日、死去。72歳没。"
合掌。


2009年3月19日木曜日

テレビ東京:「トップ・ガン」……いつ見ても面白い!

トップガン - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "木曜洋画劇場 「トップガン」 最新作「ワルキューレ」が公開直前のトム・クルーズ。彼が戦闘機のエースパイロットを演じた航空アクションの大ヒット作を放送!(1986年/アメリカ)"

でも、PTAおばさんなんかは、こんな映画はトンデモナイと言うんだろうな。

主人公の戦闘呼称(あだ名)は「マーヴェリック(Maverick)」という。所有者の刻印のない子牛という意味。転じて「アウトロー」とか「はぐれもの」。ニッポン語で言えば「空気の読めない人」と言うことか。こういう人間が素直に英雄として認められるという社会は、やっぱり力強い。



スポーツカーやオートバイ、さらにヒコーキ、それを使っての「バトル」が面白くないという若者は、やっぱり不健全だ。

モモが咲いた!

モモが開花。

3/19 Today 崇禎帝が自殺、明朝滅亡(1644)

崇禎帝 - Wikipedia: "崇禎帝 (すうていてい)は明朝17代の皇帝にして最後の皇帝。彼の治世は農民反乱が頻発し、満州族がたびたび侵入し混乱した。李自成が流民を組織し起こした反乱により北京が占領されると自殺し、明は滅亡した。生年1611年2月6日(万暦38年12月24日)没年1644年4月25日(崇禎17年3月19日)

泰昌帝の第5子として生まれ、兄天啓帝の男子が皆夭折していたため、その急死後、皇帝位を継ぐことになった。即位すぐに、兄の下で専横を奮った宦官・魏忠賢を誅殺し、名臣として名高い徐光啓を登用するなど国政改革に取り組む。当時は北に満州族の後金が進入し、南では李自成たちの反乱が多発したまさしく国事多難の時期であり、崇禎帝はこの状況をたった一人で支えようと努力した。"
一生懸命にやったんだけれど、時代の流れには逆らえなかった。

Wikipediaの評価は次のようなもの:
崇禎帝は少なくとも彼なりに国の事を案じて大変な努力をしていた。李自成が西安で皇帝に即位した時も「明の皇帝は甚だしく暗君という訳ではないが・・・」とある程度の評価をしている。その猜疑心により全てが裏目に出て自滅した崇禎帝だが、その原因は明が既に亡国の淵にあり、更には国政に与る士大夫層が長年の政治的腐敗により使い物にならず、信用ならない存在であることを突きつけられたことにあるといえる。滅亡寸前の明王朝の国力を回復させるために、国政改革に身を投じたものの、万暦帝らの悪政によって決定づけられた衰退の流れを止めることができず、最終的に痛ましい最期を遂げなければならなかった。時運に恵まれなかった悲劇の人物であろう。

同じ王朝が長く続くと必ず制度疲労が生じる。時々「革命」が必要なわけ。明治維新より150年続いている薩長イナカモン王朝もそろそろおしまいにするべき時か。

2009年3月18日水曜日

「カレーを黙々と食べる男は『カサブランカ』のボガートと重なる?」(東京電力の荒木浩氏)

東京電力顧問の荒木浩氏はカレーが大好きだとのこと。今日の日経「こころの玉手箱」:
人生最後の食事に何を食べるかと尋ねられたら迷うことなく「カレーライス」と答える。それぐらい好きだ。東電本店近くに、入社以来通っているカレー店がある。並盛り530円。(中略)「カサブランカ」のハンフリー・ボガードは私の憧れの人物だ。酒場で一人グラスを傾けるしぐさ。これぞハードボイルド。私は表舞台より裏方仕事の方が性に合っている。こんな点で共通するかといって、カレーをかきこむ私がボガートにどこか重なるかといえば、ちょっとおこがましいだろうか。

そんな、そんな。カレーライスを一人で食べる男こそが現代ニッポンのボガートですよ。

東京電力にはハードボイルド派の経営者が多い。平岩外四氏もチャンドラーが好きだった。伝統は連綿と受け継がれているのだ。

グルメとやらにかまけている男は、軟弱だと思う。「カサブランカ」のボガートを見習え!



3/18 Today 浅草寺の観音様が発見された日(628)

浅草寺縁起: "浅草寺の縁起をたずねると、推古天皇三十六年(628年)三月十八日の朝、檜前浜成、竹成の兄弟が江戸浦で漁をすると一体の観音像を感得し、この地の豪族、土師中知(はじ なかとも)にお見せする。すると、その像は、聖観音の尊容であることがわかりました。

中知はこれを機縁に出家受戒され、自宅を改めて寺とし、観音像を奉安して礼拝供養に生涯をささげたと草期の模様を伝えています。
20年ほど経た大化元年、勝海上人がこの地に留錫され観音堂を再建、夢告によってご本尊を秘仏と定められたといいます。"
推古36年と言うから、とにかく古いのだ。

秘仏と言うことで今まで誰もみたことがなかったはずだが、実際には見た人もいる。どうも一寸八分の金無垢の観音様ではないらしい:
日経:浅草の観音様(秘仏)は「一寸八分の金無垢仏像」ではなかった!